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札幌高等裁判所 昭和35年(ネ)144号 判決

控訴人 原告 江尻力郎

訴訟代理人 柏木啓一

被控訴人 被告 浜頓別町 代表者町長 近藤信吉

訴訟代理人 舛谷富勝

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は、控訴人に対して金三十万円及びこれに対する昭和三三年一月九日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一、当事者双方の申立

控訴代理人は、主文と同趣旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二、控訴人の主張の要旨

(一)第一次の請求原因事実

訴外伊藤建設工業株式会社は、土木建築等の請負業を目的とする会社であるが、昭和三一年八月二二日頃、発註者たる被控訴人との間に、浜頓別第一種公営簡易耐火構造住宅の新築工事を代金五百九十万円とし、工事竣功検定受渡後昭和三二年三月三一日までに支払う旨の請負契約を締結し、右約旨に基き、昭和三一年九月一日着工して昭和三二年三月三一日までに工事完成の上、竣功検定を経て昭和三二年三月三一日被控訴人に引き渡した。控訴人は、昭和三一年九月一日、訴外伊藤建設工業株式会社に対し、金三十万円を利息金百円につき一日金二十銭、弁済期は右工事完成の時と定めて貸与し、その支払方法として、同訴外会社から右貸金元本額の限度で受領委任の形式により前記請負工事代金債権を譲り受けた。これよりさき、右訴外会社は、昭和三一年八月二七日、右工事代金債権の譲渡につき被控訴人の承諾を得たが、(1) 被控訴人が右承諾をした時には、被控訴町長寺林五郎吉は札幌市に出張不在のため、その職務を執行することができなかつたので、助役成田徳一郎において、地方自治法第一五二条に基き、町長を代理して右承諾の意思表示をしたものである。それゆえ、成田助役のなした右承諾の意思表示は、町長寺林五郎吉本人がみずからなしたのと同一の効力を生じたものといわなければならない。(2) 仮りに、寺林町長の出張不在が地方自治法第一五二条にいわゆる「事故あるとき」に該当しないとしても、同町長は、成田助役に対し、「北海道枝幸郡浜頓別町長寺林五郎吉」なるゴム印と町長の職印を託し、不在中の事務処理につき代理権を与えたものであつて、同助役は、右代理権に基き承諾をなしたものである。(3) 仮りに、成田助役が本件債権譲渡の承諾をなすのについて何等の権限を有しなかつたとしても、同助役は、地方自治法第一六七条、第一五二条並びに被控訴町の庶務規定により、町長を補佐してこれを代理すべき権限を有していたものであるところ、控訴人等は、成田助役のなした前記承諾の意思表示を受領するに当り、甲第一号証(代金支払承認依頼書)中に町長の記名印及び職印が押捺してあつたので、同助役に適法な代理権があるものと信じ、且つそう信ずるにつき正当な事由があつた。それゆえ、以上いずれの点からみても、被控訴人は、控訴人に対し、前記承諾の意思表示につき責を負うべきものである。よつて、控訴人は、被控訴人に対し、前記譲受債権たる工事代金三十万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三三年一月九日から完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴に及ぶ。

(二)予備的請求原因事実

仮りに、前記債権譲渡を以て被控訴人に対抗することができないとしても、被控訴人は、訴外伊藤建設工業株式会社が控訴人に対して、前記工事代金債権を譲渡した事実を知り乍ら、故意または過失に因り、同訴外会社に直接右工事代金を支払い、控訴人の右代金債権の回収を不能または著るしく困難にし、これがため控訴人に対し、右代金三十万円相当の損害を蒙らせたから、被控訴人は、控訴人に対して右損害金三十万円を賠償すべき義務がある。よつて、控訴人は、被控訴人に対し、右損害金三十万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三三年一月九日から完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(三)抗弁に対する陳述

抗弁事実中、成田助役のなした承諾の意思表示が町長寺林五郎吉の退庁後になしたこと並びに被控訴人が訴外会社に対し、昭和三二年五月一七日までに本件請負工事代金五百九十万円のうち金三百八十一万円の支払をなしたことは認めるが、その余の事実を否認する。

三、被控訴人の主張の要旨

(一)答弁

第一次及び予備的請求原因事実中、訴外伊藤建設工業株式会社が土木建築等の請負業を目的とする会社であること並びに同訴外会社と被控訴人とが昭和三一年八月二二日頃、控訴人主張のような工事請負契約を締結し、その約旨に基き、昭和三一年九月一日着工して昭和三二年三月三一日までに工事完成の上、竣功検定を経て昭和三二年三月三一日引渡を受けたことは認めるが、控訴人と右訴外会社との間に控訴人主張の金員消費貸借契約を締結したとの点は知らない、その余の事実を否認する。もつとも、被控訴人浜頓別町助役成田徳一郎は、訴外会社常務取締役山吹秀作から、前記請負工事代金の受領を第三者に委任するため、第三者に対する支払の承認を求められた際、受任者の氏名が確定次第直ちに被控訴人に通知し、あらためて被控訴人の承認を得ることを条件として、受任者の氏名欄空白のまま承認文句及び日附を記入した代金支払承認依頼書と題する書面(甲第一号証)中に、町長寺林五郎吉の記名捺印をした上、右山吹常務に交付したことはあるが、右は、債権の取立委任を承認したものであつて、債権譲渡の承諾というものではない。仮りに、成田助役が控訴人主張の債権譲渡に対して承諾したものとしても、右承諾は、町長寺林五郎吉の退庁時刻後の不在中に、成田助役が何等の権限もなく、且つ同町長不知の間になしたものであるから無効である。

(二)抗弁

(1)仮りに、成田助役のなした承諾が有効であるとしても、訴外会社が控訴人主張の債権譲渡をした当時、同会社は未だ本件請負工事に着手せず、従つて、その工事代金債権が具体的に発生していなかつたものであるから、右発生前になした債権譲渡は無効である。

(2)又、仮りに、右債権譲渡が有効であるとしても、被控訴人は、昭和三二年五月一七日までに訴外会社に対し、前記請負工事代金全額を支払つたから、右債権は既に弁済に因つて消滅したものである。

(3)なお、控訴人は訴訟行為をなすことを主たる目的として本件請負工事代金債権を譲り受けたものであるから、右債権譲渡は、信託法第一一条に違反し、無効のものである。

四、証拠関係〈省略〉

理由

訴外伊藤建設工業株式会社が土木建築等の請負業を目的とする会社であること並びに同訴外会社と被控訴人とが昭和三一年八月二二日頃、控訴人主張のような工事請負契約を締結し、その約旨に基き、昭和三一年九月一日着工して昭和三二年三月三一日までに工事完成の上、竣功検定を経て昭和三二年三月三一日被控訴人に引き渡したことは当事者間に争いがない。そうして、成立に争いのない甲第一号証、第二及び第三号証の各一、二、三、第四号証、第一二及び第一三号証、第二九号証及び原審証人成田徳一郎(第一回)の証言により成立を認めうる甲第五号証の一、二、原審証人伊藤武(第一、二回)、山吹秀作、成田徳一郎(第一、二回)(但し後記措信せざる部分を除く)、平治(第一、二回)、当審証人成田徳一郎(但し後記措信せざる部分を除く)、伊藤武及び山吹秀作の各証言、原審及び当審における控訴人江尻力郎の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人が昭和三一年九月一日、訴外伊藤建設工業株式会社に対し、金三十万円を利息金百円につき一日金二十銭、弁済期は右工事完成の時と定めて貸与し、その支払方法として、同訴外会社から右貸金元本額の限度で受領委任の形式により前記請負工事代金債権を譲り受けたこと、これよりさき、右訴外会社は、昭和三一年八月二七日、右債権譲渡につき被控訴人の承諾を求めたところ、当時、町長寺林五郎吉が札幌市に出張不在のため、その職務を執行することができなかつたので、助役成田徳一郎において、町長を代理して右譲渡につき異議を留めることなく承諾の意思表示をしたものであることを認めることができ、原審及び当審証人成田徳一郎の証言並びに原審における被控訴町代表者寺林五郎吉の尋問結果中各この点に関する部分は、いずれも前顕各証拠に照らしてたやすく措信することができず、又、甲第一号証中には訴外伊藤建設工業株式会社が被控訴人宛に本件請負工事代金の内金三十万円の受領方を第三者に委任した旨の記載があるが、これを原審証人山吹秀作、伊藤武(第一、二回)、平治(第一、二回)、当審証人伊藤武及び山吹秀作の各証言に対照してみると、同号証は前示債権譲渡の承諾を求める趣旨で授受せられたことが認められるから、同号証中の右文言のみを以つてしては前示認定を覆えすに足りず、他に前示認定を左右するに足る的確な証拠はない。それゆえ、成田助役が町長を代理してなした前示承諾の意思表示は町長寺林五郎吉本人がみずからこれをなしたのと同一の効力を生じたものといわなければならない。

被控訴人は、前示債権譲渡が本件請負工事に着手する以前になされ、従つて、その工事代金債権が具体的に発生していなかつたから、右発生前になした債権譲渡は無効である旨主張するが、請負契約に基く報酬債権は契約を締結すると同時に発生するものと解すべきであるから、本件請負契約の報酬金たる工事代金債権は、昭和三一年八月二二日頃、被控訴人と訴外伊藤建設工業株式会社との間に締結した前示請負契約に因つて発生したものといわなければならない。それゆえ、右発生後になした本件債権譲渡は、もとより有効なものであるから、控訴人の右主張は理由なく、排斥を免れない。

次に、被控訴人主張の弁済の抗弁についてみるに、原審における被控訴町代表者寺林五郎吉の本人尋問の結果によると、なるほど被控訴人の主張するように、被控訴人が昭和三二年五月一七日までに訴外会社に対し、本件請負工事代金全額を弁済した事実を窺知することができるが、しかし、被控訴人が異議を留めないで訴外会社の控訴人に対する前示債権譲渡を承諾したものである以上、右弁済を以つて控訴人に対抗し得ないこというまでもない。それゆえ、右抗弁も、また、理由なく、採用するを得ない。

なお、被控訴人は、前示債権譲渡が控訴人において訴訟行為をなすことを主たる目的としてなしたものであるから、信託法第一一条に違反し、無効である旨主張するが、その事実を認めるに足る証拠がないので、この点に関する抗弁は採用の限りでない。

果して、然らば、被控訴人は、控訴人に対し、前示請負工事代金三十万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日たること記録上明白な昭和三三年一月九日から完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あること当然であるから、控訴人の本訴請求は、爾余の争点を判断するまでもなく正当としてこれを認容すべく、右と異る原判決は取消を免れない。

よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川井立夫 裁判官 臼居直道 裁判官 安久津武人)

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